「知識基盤社会を支える人材育成に向けた大学院教育に関する国際比較研究」
日本学術振興会科学研究費助成事業・基盤研究(B)
2020年度~2024年度
研究代表者:福留 東土
ワーキングペーパー
- No.1 アメリカの博士課程学生への経済支援に関する比較的考察
川村真理
- No.2 アメリカにおける博士課程プログラムへのCOVID-19の影響
川村真理
- No.3 ハーバード大学は2020年に何をしたのか -トランプ政権とCOVID-19の二大危機に直面して-
【本研究の目的】
現代において大学院は、グローバル化する知識基盤社会、少子高齢化の中で進展する生涯学習社会を支える重要な教育研究機関と位置づけられる。日本社会には高度かつ多様な学習ニーズが存在しており、それらを効果的に取り込みつつ、大学が知的学術機関として機能し、豊かな社会の構築に資する人材を輩出することが重要な課題である。本研究は、国際比較に基づいて、近未来の日本社会において大学院教育が果たすべき使命とその具体的な姿を同定し、その実現に向けた方策を探ることを目的とする。
戦後の新制大学院発足以来、約70年にわたり大学院改革が模索されてきた。特に1990年代以降、大学院は量的拡大を遂げ、質的にも飛躍的向上をみせてきた。同時に、従来、研究者養成を役割としてきた大学院は、研究者以外の幅広い人材育成へとその機能を拡大させてきた。一方で、それら変化や機能拡大が生じる中でも、従来から指摘されてきた大学院の課題が克服された訳ではなく、新たな展開の中で大学院を巡る課題は複雑化しつつある。改革の過程で常にそのモデルとして位置付いてきたのが米国型の課程制大学院であり、専門職大学院創設の際も米国のプロフェッショナルスクールが念頭に置かれてきた。現実には日米における制度的、社会的相違は大きいが、その相違が十分に顧みられることのないままに米国型大学院の追求が進められてきた。
【研究の特色】
本研究は、以上のように、知識基盤社会、生涯学習社会が進展する中で重要性を高めている大学院教育について、近未来の発展に資する国際比較研究に取り組む。本研究の概要と特色は次の3点である。
①「実証性ある国際比較」:大学院の日米比較には従来から強い関心が寄せられているが、本研究では、(1)従来用いられなかったデータを活用する、(2)全米の動向把握のため大学団体と連携する、(3)個別大学の研究者と連携し、質的研究を積み重ねることにより米国の実態を実証的に明らかにし、それを通して日本の大学院の特質を浮き彫りにする。
②「大学院の人材育成目的の統合的把握」:大学院は複数の人材育成機能を持ち、それらは別個に論じられがちである。本研究では機関レベルでの諸機能の編成を重視する観点から大学院プログラムのあり方を統合的に論じる。
③「多様なメンバーによる研究組織」:大学院は専門分野に立脚した教育機関であり、専門ごとの特質や文脈を踏まえる必要がある。本研究は多様な専門的背景を持つ研究者により構成される。また海外共同研究者の協力を広く得る。
【研究課題】
本研究は、日米大学院の制度と実態を丹念に検討し直すことにより、日本の大学院の特性と強み・弱みを実証的に明らかにし、今後の改善方策を探る。研究課題は以下の通りである。
1.「機能ごとの大学院教育プログラムの検討」:研究者養成において、日本は修士-博士の積み上げ型、米国は修士を経ない博士一貫型が多い。日本は修論執筆を通した早期の研究テーマ設定、凝集性の高い研究室教育への参加が有効に機能してきたが、こうした制度上の違いは十分認識されぬまま、狭い専門化のみが批判の対象となり、政策的には一貫型博士が提言されてきた。だが、現在でも一貫型博士は広がっていない。また、専門職大学院では、実務家教員による実践的教育が重視されがちだが、米国では分野によっては実務家教員はほぼ皆無である。実務的教育とアカデミックな教育の統合が、分野ごとの労働市場との繋がりを含めて、どのような構造を持つべきか議論される必要がある。
2.「人材育成機能間の分化と融合」:上記諸機能は、別個に設計されるべき側面と複数の機能が融合的に設計されることで効果的に機能する側面とがある。これは、修得すべき知識・能力や市場との関係性、プログラム規模等によって決まる。本研究では、機能間の分化と融合の実態を専門分野ごとに明らかにする。その上で、プログラム設計、教員・学生組織、学位と修了後のキャリアの点から、効果的な課程と組織のあり方を追究する。
3.「大学院生の属性と学生支援」:少子化の中、社会の知識・学習ニーズの所在は多様化している。大学院は幅広いニーズに対応し、社会の知的高度化に資する機関となることが期待される。米国のプロフェッショナルスクールは分野にもよるが、大部分が有職のまま就学するパートタイム学生である。研究者養成の博士課程でもフェローシップやアシスタントシップにより生活を成り立たせながら就学することが一般的となっている。本研究では米国の実態を正確に把握した上で、日米の相違を考慮しつつ日本の大学院で学ぶ学生としてどのような属性が想定できるのかを考察する。さらには、彼らの学修・経済支援のあり方を検討し、大学院と職業の両立、ないしはスムーズな移行の方策を探る。